きまぐれレビュー 2 of 本の新生堂

きまぐれレビュー 2

思い出トランプ

向田邦子/著 新潮文庫 420円(税込)


誰もが持っている弱さやずるさ、後ろめたさなどを、人間の愛しさとして描いた短篇集。

翌年の2011年で没後30年を迎える向田邦子さんは、90年代に「寺内貫太郎一家」や「大根の花」など人気ファミリードラマの脚本家として活躍されましたが、その人間への観察眼は小説でもいかんなく発揮され、現代でも古びない魅力にあふれています。

雨の日には、普段は心にしまいこんでいる思い出や記憶がふとよみがえったりしますが、向田さんはそうした記憶たちを鮮やかな比喩表現で生き生きと文章に起こす名手で、初めての短篇集の本作で直木賞を受賞されました。
雨が呼び出した記憶でざわついた心を、雨が鎮めてくれるであろう。まさに雨の日にお薦めの一冊です。
<本文が、6月27日(日)AM全国放送の「コミュニティFM『MUSIC BIRD』おはようサンデー 」内コーナーでオンエアされました!>

2010,6,28 長女

雷の季節の終わりに

恒川光太郎/著 角川書店 1,575円/角川ホラー文庫 700円(共に税込)


夏には原色の花が咲き乱れる、海辺の漁村である「穏(おん)」は、地図にも載っていない隠れ里。「穏」には春夏秋冬以外に、1年の節目となる雷の季節『雷季(らいき)』があった。
雷が鳴り乱れるこの季節、主人公・賢也の姉が姿を消す。
その何年か後、賢也はこの隠れ里の中に、人が足を踏み入れない場所があると耳にするのだが―

著者の恒川光太郎さんは現在37歳、5年前にデビューされたばかりの沖縄在住の若手作家です。デビュー作「夜市」もホラージャンルとして世に出ましたが、わかりやすい恐怖というよりむしろ、未知の世界の中へ分け入っていく不安感と、懐かしさを感じさせる独特の作風が魅力です。
日本各地には、昔むかしのものがたりを語って伝える『カタリ』の伝統がありますが、本作はそこに共通する『この世とあの世以外のもうひとつの世界』を彷彿とさせる、呪術的な魅力に溢れています。
私自身は身近な人を亡くした後本作を読み、この世ではないどこか、の臨場感に打たれて夢中になって読みましたし、良い意味での生きることへの執着心ももらった気がします。

じっとり汗ばむような、雷の鳴る雨の日にお薦めの一冊です。
<本文が、6月27日(日)AM全国放送の「コミュニティFM『MUSIC BIRD』おはようサンデー 」内コーナーでオンエアされました!>

2010,6,28 長女

雨あがる

山本周五郎/著 角川春樹事務所ハルキ文庫 700円(税込)


雨が降りつづく安宿の、3畳ひと間から物語は始まります。
剣の達人ながら、その人柄ゆえに仕官職につけず長旅を続ける侍と、その妻。ある日通りがかりで侍どうしの諍いを止めたのが旅先の藩の武士に認められ、城に呼ばれますが―

山本周五郎さんは大正15年に文筆活動を始められて以来一貫して市民の目を忘れず、弱きものや社会に虐げられたものなどを主人公にした作品を書き続けました。
代表作に「椿三十郎」や「赤ひげ診療譚」があり、故黒沢明監督により映画化もされるなど絶大な支持を得ました。
この「雨あがる」はわずか20ページの短篇ですが、雨の中で固く閉じられた心がゆっくり解かれてゆくような爽やかな心地よさの残る、優れた一篇です。
本作の映画化も待たれておりましたが、黒沢監督が急逝され、その遺志を継いだ元助手の小泉尭史監督ほかスタッフ達の手で、2000年に公開が実現しました。
寺尾聴さん、宮崎美子さん主演で素敵な夫婦を演じられており、原作と比べてご覧いただくのもお薦めです。

最近朝のTV小説「ゲゲゲの女房」が人気で“夫婦のかたち”の理想像として話題を集めていますが、本作も理想の夫婦像を描いたものとして秀逸です。
<本文が、6月27日(日)AM全国放送の「コミュニティFM『MUSIC BIRD』おはようサンデー 」内コーナーでオンエアされました!>

2010,6,28 長女

国境の南、太陽の西

村上春樹/著 講談社 1,529円/文庫 540円(共に税込)


主人公の<ボク>はひとりっ子という育ちに「不完全な人間」という自覚を持ちながら育ちますが、成長とともにそれを克服しようとします。
結婚やジャズバーの経営の成功などで、裕福で安定した生活を手にしますが、自身の存在の意味を改めて考えます。
そんな時、かつて好きだった女性が現れて―――

最近の「1Q84」の発売や、松山ケンイチ主演で実現した「ノルウェイの森」の実写映画の公開を控え、村上春樹の書く小説は社会現象にもなっていますが、本作もそれらと共通して“愛のかたち”や“この世で生きる不安”をテーマに描いたものでもあります。
本作はバブル絶頂期の東京が舞台ですが、満たされたシステムや境遇にいる<ボク>でさえふつふつと感じる“自分の存在の不確かさ”は、どの時代のどんな人にも共感できるものかと思います。

<ボク>の存在のよりどころはいつの時も「女性」なので女性たちが大変美しく描かれますし、雨の降る雰囲気の文体、ジャズの音色ーーー静かな霧雨の日にお薦めです。

2010,6,28 長女

ラブリー・ボーン

アリス・シーボルト/著 イシイシノブ/訳 ヴィレッジブックス 1,680円(税込)
映画「ラブリー・ボーン」2010年1月29日より日本公開のファンタジー映画(監督:ピータージャクソン)


高齢の祖父母との同居や、親しくして頂いていた方の急逝などがたて続けにあり、昨年下旬からなんとなくずっと「死ぬこと」について考える時間が多かった。答えの出ないことを考えるのはそれなりにエネルギーのいることで怖いことでもあり、心に“おり”の様なものが溜まっていた。
ピーター・ジャクソン監督の新作映画【ラブリーボーン】はその“おり”を拭い去ってくれたように感じる。
死をことさら誇張して描かず、恐れずに自然に受け入れていけるものとして描いており、救われる思いがした。

この新作映画の公開が楽しみだったこともあり、2009年年末の年越しに同監督の【ロードオブザリング】3部作ノーカット版を12時間見ていた。支配力のあるひとつの指輪を巡る、様々な種族の争いの物語である。キャラクター造形がすばらしく、群集劇ながら長尺を忘れさせる魅力に惹かれてディレクターズカット版DVDを購入してしまったのだった。

改めて全編通して見てみると、「死」を描いたシーンが本当に多かった。生きることと同じように死ぬことを受け入れて生きるサマがとても潔く描かれていて、感嘆してしまった。
世界は混沌として人々は老いるものを置いてどんどん死んでしまう。追いつめられ死地に立たされた指導者たちは、皆どういう死に様を選ぶのか決断に迫られる。少数劣勢になった闘いには、なんと死者まで駆り出される。弔いの印象的なシーンも随分出てきた。
ラストの船出の場面は、黄泉の国へ旅立つようにも見え、生死を同じ目線で捉えた仏教思想にも似たものを感じた。
キリスト教の「死後永遠の生命が得られる」という理念とは少し違う、生死を分かつことのない曖昧さが、自然と心に迫ってくる映画だった。

特定の宗教をもたない日本にいても土着的なものの考え方というのはあるもので、こういう生死の境界線の曖昧さだとか、“死”を身近に想う考え方自体、実は結構大切なことなのだろうと思う。
死を隠したがる今の世の中においては、特に。
過去には日本でも面々と受け継がれていただろう考え方を、ひとりの外国人監督に教わったのだった。

映画【ラブリーボーン】はリアル過ぎる描写もあるし、何より連続殺人者が主題の物語で賛否両論を呼ぶだろう。
だが、14歳の女の子が生と死の境目の世界で、自分の足で歩き探りながら“死ぬということ”を受け入れていく映画というものは、ピーター・ジャクソンだから実現したのかなとも思う。
思い入れを除いても、確信を持ってお勧めしたい。
原作もだいぶ前に原書で挑戦したが、翻訳本でもう一度読み返してみようと思う。

2010,2,1 長女

1Q84 BOOK1・BOOK2

村上春樹/著 新潮社 各1,890円(税込)

まず初めに正直に申しますと、私はこれまで出版された村上春樹著作本を読み、未だにハッキリとした「村上春樹的」世界/特に長編における終着点を掴めずにおります。
その魅力を訴える様々なメディアにもうまく共感できずにいます。・・・いったい何がそれ程多くの読者を惹きつけるのか。。?
その為、本書についても「面白い・面白くない」といった独断的判定や分析めいたことを言う権利もないのかもしれないな・・

そう考えていた矢先、今更ながら著者が今年の2月に行った『エルサレム賞』授賞式での【卵と壁】のスピーチを知り、彼は自己に忠実に書きたいものを書きながらも読者を意識したプロであり、試行錯誤しながら書き続ける60歳のひとりの男性であることを理解できるきっかけになった気がしました。
そこで、ここでは新たに感じた村上春樹の書く文章に対する信頼と、本書から想起した感想からレビューを書こうと思います。

ストーリー紹介

村上春樹7年ぶりの長編。
スポーツインストラクターであり、同時に暗殺者としての裏の顔を持つ青豆を主人公とした「青豆の物語」と、予備校教師で小説家を志す天吾を主人公とした「天吾の物語」が交互に描かれる。
青豆・天吾ともに幸福感に満たされているわけでは無いが子供の頃には無かった充実した日々を暮らしていた。
しかし、1984年に2人とも同じ組織に対する活動にそれぞれが巻き込まれていく。そして、青豆は現実とは微妙に異なっていく不可思議な1984年を「1Q84年」と名付けることになる。

本書は、組織がもたらす暴力とそれにさらされる個人の物語であり、スピーチで引用された【壁】と【卵】に当てはめることもできます。また、強い【愛】の物語でもあります。
天涯孤独の身で大いなる組織にも属さず、いつの間にか現実の1984年から「1Q84年」に迷い込んでしまった天吾と青豆。
彼らは“羊たちの冒険”における誰でもない僕ではない、ひとりの意識を持った人間です。
既出の村上作品にない本書の特筆すべき点は、そのひとりの人間である彼らそれぞれに寄り添い、彼らの手を途中で手放したりしない信頼感を持って読めるということだと思います。

「私には愛がある。」と確信を持って言えるヒロインである青豆は、村上小説には珍しい力強いキャラクターです。彼女の持つ愛は強く物語全体をひきしめ、著者が著作で一貫して書き続けてきた、【人は何かを失っても生きていかなければならない孤独】をも受け入れるタフさを内包しています。
一方の天吾は幼くして母と離別し、自ら封印してきた思春期に無意識に苦しめられます。そこから抜け出すために繰り返し書かれる性描写は丁寧に描かれる印象からか、穏やかで静謐です。
多すぎると言われる性描写も既存の村上作品で是非を問われてきましたが、本作では天吾が母の影を超える為に必要なものの様に思えます。(もちろん、未成年に適しているとは言いがたいですが。)

2人の孤独で静かな人生に、暴力は容赦なく降りかかります。徐々に暗部が浮き上がるカルト教団の存在やその被害者たちは、“アンダーグラウンド”や“約束された場所で”での被害者と加害者を想起させます。
オウム真理教のサリン被害者62人(関係者含)、加害者側にあたる元信者8人に丹念に重ねられたインタビューを元に、ひとりひとりの人生に寄り添って執筆された経験は本当に目を見張るものがあり、 本作にも反映されています。フィクションにする過程である種の責任を持って生み出されており、胸を掻きむしるような犯罪や暴力の描写も、人間の業を感じさせる活きた文章になっています。
「愛」などというこの上もなく不確かなものを2人に背負わせてしまったこと自体が、村上春樹著作史上類を見ない芯なる輝きを持ち、物語を支えます。
さて、続編はいかに・・
どんな結末になろうとも、著者を信じて待つことに致しましょう。

2009,9,24 長女

手.jpg

山崎ナオコーラ/著 文芸春秋 1,300円(税込)

自分の欲望を隠さない男、こずるい男、自信を隠さない男、自分だけが嘘を隠しているつもりの可愛い男。男、男、男‥
山崎ナオコーラの書く「男」が嫌いではない。彼らが必ずしも昨今よく描かれるやさしいだけのそれではなく、非常に利己的で憎らしく、可愛らしい面の強い男だから。

本書の主人公は25歳女、無私に淡々と働く日々の傍らおじさんを盗撮し、HPを作って公開している。ロリコン趣味への逆襲といえば聞こえはいいが、それ以上にもっと個人的興味が強く、彼女が意識しない部分でファザコンの影響も見え隠れする。 言わば本書に登場する男は彼女のフィルターを通してしか存在しないのだが、この視点が女のふてくされた醒めた視点をよく表しているなぁ~、と思う。

女性作家であることを執拗に隠したがってきた著者の書く人物たちは名前や人称を持たずに生まれることもあったが、本書では完全に吹っ切っている気がする。
それだけに男を見る目がリアルで怖いが、醒めた視点を捨てきれない「女」の一面を楽しめる表題作はちょっとお薦め。
先日の「ポトスライムの舟」レビュー内容とは矛盾するようだが、昨年の芥川賞を逃したのは本当に残念!

2009,5,16 長女

大国の光と闇

映画『スラムドッグ$ミリオネア』(現在公開中)

監督/ダニー・ボイル 出演/デヴ・パテル、フリーダ・ピントほか

物乞う仏陀.jpg物乞う仏陀

石井光太/著 文芸春秋 1,650円/文庫 650円(共に税込)

インド随一の経済大国であるムンバイは、1877年からのイギリスの植民地時代はボンベイと呼ばれていた。
度重なる工事と観光整備により様変わりした街並みはまばゆい光を放って他国の人間を迎え入れるが、その光を背に真っ黒な闇が広がり、負の連鎖反応を繰り返していることを初めて知った。
2009年春のアカデミー賞で主要8部門を総なめにした映画『スラムドッグ$ミリオネア』を見ると、その片鱗に触れることができる。
本作はミリオネアという最頂点に対峙した主人公の輝かしいサクセスストーリーだが、その成功を鏡に埋もれんばかりの大勢の最下層の人々の闇をくっきりと浮き彫りにする。

子供の頃からマフィアや貧困に様々なものを奪われ続けながら陽気に力強く成長する主人公ジャマールとその兄サリームは後に別な道を歩むのだが、自分もマフィア同様奪う側に染まる兄はそのまま現実を映し出し続ける。
対するジャマールは現実をはねつける様に無垢に生きる。
彼の生き方は以前自分がカンボジアに旅行をした際に出会った人々の陽気さと純朴さを思い出させてくれる程リアルで、彼の純粋さがこのフィクションの為に用意されたものと切り捨てることはできなかった。それ程に息づかいが伝わってくるようなのだ。
特に劇中でジャマールが再会する幼なじみの盲目の男の子には真実味を感じる。物乞いの境遇を受け入れながら前向きに生きる姿は小さな仙人みたいだ。抱きしめたい位可愛いらしく、可哀想という言葉では足りないほど酷い。

劇中では片鱗位に描写されていた闇のビジネスを詳細に綴ったノンフィクション作が「物乞う仏陀」である。
本書の舞台はカンボジアから最終章インドまでの8国。著者の強い思いから各国の路上生活者や障害者に直接話を聞くことで成り立っており、内容がガチなので衝撃的で、はっきり言ってしまうが心理的にかなりきつい。
虐殺の歴史の中で生き抜いたカンボジアの障害者の告白、ミャンマーのハンセン病の村の実情、麻薬に溺れていくストリートチルドレンなど、ここに列挙していくほどに読む意欲を欠きそうな厳しい内容ではある。
しかしここにも力強い陽気さと純朴さがある。本当に不思議になるくらい、彼らの明るい気質には驚く。深く知れば知るほど愛すべき人々だと感じる。
もうひとつ・本書から気づく重要なこととして、自分も含め現代の日本人に根付いてしまった「強者」の眼を改めて感じることができる。
同じアジア人として、明らかに「強者」側の視点で見ていた自分に気づいたのだ。これは私自身にしか言えないことだとしたらこんなことを書く事自体恥ずかしくおこがましいのだが。
アメリカをはじめとする経済大国の追従の中で置いてきてしまったものが「弱いものへの眼差し」なのだとしたら、本書は多くのことを教えてくれる良書だ。

映画『スラムドッグ$ミリオネア』が世界的に大きく評価を受けたのは、エンターテイメントとして成功したという理由だけでなく、様々な人種が真実に歩み寄るきっかけであることを祈りたい。
現地で上映されても目に触れるかどうか不安だが、先の見えない貧しさの闇の中で強い光となるべく、この映画が子供たちに届くことを願ってやまない。
そしてこれを読んでくれている貴方に、映画を見た後でぜひ「物乞う仏陀」を手にとってもらいたい、と切実に思うのだ。

2009,5,7 長女

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