 1Q84 BOOK1・BOOK2
村上春樹/著 新潮社 各1,890円(税込)
まず初めに正直に申しますと、私はこれまで出版された村上春樹著作本を読み、未だにハッキリとした「村上春樹的」世界/特に長編における終着点を掴めずにおります。
その魅力を訴える様々なメディアにもうまく共感できずにいます。・・・いったい何がそれ程多くの読者を惹きつけるのか。。?
その為、本書についても「面白い・面白くない」といった独断的判定や分析めいたことを言う権利もないのかもしれないな・・
そう考えていた矢先、今更ながら著者が今年の2月に行った『エルサレム賞』授賞式での【卵と壁】のスピーチを知り、彼は自己に忠実に書きたいものを書きながらも読者を意識したプロであり、試行錯誤しながら書き続ける60歳のひとりの男性であることを理解できるきっかけになった気がしました。
そこで、ここでは新たに感じた村上春樹の書く文章に対する信頼と、本書から想起した感想からレビューを書こうと思います。
ストーリー紹介
村上春樹7年ぶりの長編。
スポーツインストラクターであり、同時に暗殺者としての裏の顔を持つ青豆を主人公とした「青豆の物語」と、予備校教師で小説家を志す天吾を主人公とした「天吾の物語」が交互に描かれる。
青豆・天吾ともに幸福感に満たされているわけでは無いが子供の頃には無かった充実した日々を暮らしていた。
しかし、1984年に2人とも同じ組織に対する活動にそれぞれが巻き込まれていく。そして、青豆は現実とは微妙に異なっていく不可思議な1984年を「1Q84年」と名付けることになる。
本書は、組織がもたらす暴力とそれにさらされる個人の物語であり、スピーチで引用された【壁】と【卵】に当てはめることもできます。また、強い【愛】の物語でもあります。
天涯孤独の身で大いなる組織にも属さず、いつの間にか現実の1984年から「1Q84年」に迷い込んでしまった天吾と青豆。
彼らは“羊たちの冒険”における誰でもない僕ではない、ひとりの意識を持った人間です。
既出の村上作品にない本書の特筆すべき点は、そのひとりの人間である彼らそれぞれに寄り添い、彼らの手を途中で手放したりしない信頼感を持って読めるということだと思います。
「私には愛がある。」と確信を持って言えるヒロインである青豆は、村上小説には珍しい力強いキャラクターです。彼女の持つ愛は強く物語全体をひきしめ、著者が著作で一貫して書き続けてきた、【人は何かを失っても生きていかなければならない孤独】をも受け入れるタフさを内包しています。
一方の天吾は幼くして母と離別し、自ら封印してきた思春期に無意識に苦しめられます。そこから抜け出すために繰り返し書かれる性描写は丁寧に描かれる印象からか、穏やかで静謐です。
多すぎると言われる性描写も既存の村上作品で是非を問われてきましたが、本作では天吾が母の影を超える為に必要なものの様に思えます。(もちろん、未成年に適しているとは言いがたいですが。)
2人の孤独で静かな人生に、暴力は容赦なく降りかかります。徐々に暗部が浮き上がるカルト教団の存在やその被害者たちは、“アンダーグラウンド”や“約束された場所で”での被害者と加害者を想起させます。
オウム真理教のサリン被害者62人(関係者含)、加害者側にあたる元信者8人に丹念に重ねられたインタビューを元に、ひとりひとりの人生に寄り添って執筆された経験は本当に目を見張るものがあり、 本作にも反映されています。フィクションにする過程である種の責任を持って生み出されており、胸を掻きむしるような犯罪や暴力の描写も、人間の業を感じさせる活きた文章になっています。
「愛」などというこの上もなく不確かなものを2人に背負わせてしまったこと自体が、村上春樹著作史上類を見ない芯なる輝きを持ち、物語を支えます。
さて、続編はいかに・・
どんな結末になろうとも、著者を信じて待つことに致しましょう。
2009,9,24 長女 |